コンテンツは見るだけの時代から 発掘の時代になると思う。
映像コンテンツ(アニメ テレビ 映画 )が誕生して半世紀以上経過しています。
そしてその中には時代を越えて愛される名作も多いなか、日の目を見ずに埋もれていった作品などそれ以上に多くあります。
そうして埋もれていった作品は誰にも見つからずにそのまま忘れ去られていく運命だったとは思うのですが、ネットが発達した今それは変わっていくように思います。
まずコンテンツの発掘の代表例について書いていきたいと思います。
アニメだと
- チャージマン研
- 星の子ポロン
- ガンとゴン
などといった作品があると思います。
またアニメ以外だと
【youtuberの炎上】や【例のアレ】なども発掘の時代ならではの現象だと思います。
(youtuberの炎上というのは過去の物を発掘して炎上の燃料にするというのがメインであり、日の目を見なかった作品を発掘するという行為とは意図が違うので同義で扱うのは間違いかもしれません。しかし目的は違えどやっている行為としては同じだと思うので今回は同じような扱いとしました。)
このように書いていくと、もはや発掘の時代になっていると考えてもいいのかもしれません。
今のネットのブーブメントというのも
2000年代から言われていたようにネットでは嘲笑うという行為をする人達のことは指摘されており、今の時代でも色々な作品を発掘して嘲笑うという行為も暫くは変わらないと思います。
ではなぜ僕が発掘と嘲笑うという一見結び付かない行為をまとめているのかというと、
僕がこのブログで書いているように、最近どの媒体のコンテンツでも多く見られる【メタ認知的笑い】これが非常に重要な役割を果たしているからです。
僕が言う【メタ認知的笑い】というのは、
本来意図されている物とは別の見方をして笑うという行為のことです。
【例のアレ】や【チャージマン研】などは本来の意図とは別の次元の見方をして笑うことが多いように、このような見方を【メタ認知的笑い】と僕は読んでいます。
それが、なぜ発掘と結び付くのかというと、
埋もれている作品の時代と今の時代の感性のギャップというのが【メタ認知的笑い】と結び付くと僕は考えているからです。
ノストラダムスを本気で信じていた人達のことを今の僕たちから見ると滑稽なように、
その時代の常識と今の常識が離れれば離れるほど【メタ認知的笑い】が生まれるからです。
このように【メタ認知的笑い】が発掘の時代を促進させると同時にもう一つ僕が発掘の時代になると思う根拠があります。
それは僕のように作品を作りたい欲求はあるけどその技術がない人達の欲求を満たす行為として発掘するというのがあると思うからです。
何かを表現したいのに、表現する技術がなくくすぶっている不満を 発掘するという行為で発散して、発掘した作品に「ここおかしいだろw」みたいに、ツッコミを入れることで自分の気持ちを発散させる人種などもいるので
そのような人達が様々な物を発掘していくのではないかと考えます。
日の目を見ずに埋もれていった作品たちは星の数ほどあります。そのような作品郡も今見て見れば面白いと感じることは多いと信じています。
そしてそれを見つけるにはネットをつかって調べたり、VHSなどで録画されたものを見つけることになると思います。
こうしてただ見る時代から発掘する時代に変わっていくのだと僕はかんがえています。